【再演】劇場版スタァライト、大場ななじゃなくてもループしたい。した。

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劇場版レヴュースタァライト。
周回してきました。

何回見ても眩しいです。
これがスタァライトなのですね。
わかります。

再演の感想を気の向くままに書いているので怪文書注意!

※ネタバレを含みます!

(2021/07/18色々と追記)

劇場版スタァライト(再演)の感想

純那ちゃんの進路

改めて見ると大学進学は不安ですね。

だって舞台サークルとは名ばかりの飲みサーに入っちゃって、堕落したら最後ですよ。大場がまた激昂して、「私の知ってる純那ちゃんじゃない」「生き恥を晒すくらいなら」と足でドスを寄越してきますよ。これは本当に。

純那ちゃんは知ることで安心感を得るタイプに見えますね。だからこそ大学進学で知識を身にまといたいと考えたのかもしれません。
でも最後はNYに留学し、未知の世界(知らない舞台)に足を踏み出せてよかったですよね。

電車の中の大場

クロと話している純那ちゃん。

純那ちゃん「あなた達(天堂真矢、クロ)には敵わない。でも、今は、よ」(意訳)

このあいだ大場がじーっと見てるんですよね。これがめちゃくちゃ怖い。画面的にもアップだし、なによりその真顔やめろwww

このセリフに相当思うところがあったのでしょう。
狩りのレヴューで「今は今はと言い訳重ね・・・」とか言ってめちゃくちゃ煽ってきますから。

まひるの問い詰め

香子「しょうもな」

まひる「それどういうこと、香子ちゃん? しょうもないって、新国立が? それとも」

ここの詰め寄り方が怖いwww
合格するか不安な第一志望先を悪く言われて、ちょっとキレてるでしょ、まひるちゃん。

トップスタァ

香子が「諦めたのか、トップスタァじゃない自分を」(意訳)と言ったとき。

他の人が顔を曇らせる中、天堂真矢はきょとんとしてるんですよね。

「私はトップスタァですが」

そんなふうな顔をしていて、この人やっぱり天堂真矢だなと思いました。

不穏な赤い光

回想の愛城家の玄関。

その時の玄関が印象に残るの絵柄なんですよね。
玄関が赤く光って、家の中が逆光気味に黒くなっている。

あの日玄関を開けて舞台に行ったことで華恋の運命が決定づけられ、その他一切の可能性(普通の生活など)が閉ざされた、閉ざしてしまったように見えます。そうじゃないとあんな絵作りにはならないように思うんですよね。

それに玄関っていうのも象徴的で、扉を開けたならこれまでの普通の生活から外に出てしまう。というふうにも捉えられました。

男友達について

華恋ちゃんの中学時代。
ミスドらしき場所で修学旅行の打ち合わせをしていましたが、あの真ん中の席に座ってた男、ぜったい華恋ちゃんのこと好きですよね。(決めつけ)

なんか事あるごとに「(聖翔行って)何すんの?」とか「舞台のプロって何すんだ?」とか茶々入れるようなこと言ってましたが、「愛城が(自分とは違う)すごい世界を目指している」というある種のひがみが、彼にそう言わせたのだと思っています。

なんでしょうね、舞台女優という高いものと自分の位置を比べたときにその差が嫌になって、「舞台って見たことない」、「俺、知らねえわ」というスタンスを取ることで、自分は舞台の価値なんてわかりません、愛城は自分と同じ普通の中学生なんだ、と思い込もうとしたのでは。

うん。書いていて自分を彼に投影していたような気がします。
大変申し訳ありませんでした。

萎縮する双葉

双葉VS香子のレヴュー。

清水寺を登りながら双葉が香子を説得します。
追いかけるだけじゃだめなんだ、と。(新国立への入団は)一緒の舞台に立つためなんだ、と。

そして手を差し出して「な?」

こう言えば絶対大丈夫と思っての決め台詞だったのでしょう。TV版で似たような事を言って成功した前例があったので「これでいけるだろ」と踏んだのかもしれません。

その結果「うっとおしい」の一言で切り捨てられるwww

そして一番聞かれたくない「新国立、なんで一人で決めた?」

「なあおい」

予想外の展開に目が泳ぎまくる双葉。
なんかあのバツの悪そうな感じがリアルで、尻に敷かれた彼氏感というか、肩を縮めて萎縮しちゃって、可愛そうで可愛いです。

双葉はその後も言い訳の中で「星見、まひる、天堂」などの名前を挙げて地雷を踏みます。二人の間に他の人(クロ)が入ってこじれたのに、まだ他の名前を出すか!と突っ込みたくなりました。香子は自分を見ててほしいわけですから、それは火に油を注ぎますよね。

香子の「おい」

「おい」

さぼ氏
さぼ氏

ヤバいくらい好き

舞台装置について

真矢VSクロレヴューの鳥。

クロがサーベル一閃して頭をもいだじゃないですか。
その首のところにネジが付いていて、何なんだろうと引っかかっていましたが、
あれはそもそも舞台装置なのでクロの攻撃のタイミングに合わせて分離、あたかも切れたように見えていたんですね。(多分)

ほかにもカメラが舞台裏に回ったときにハリボテ部分が写ったり、照明機材が写ったり、まひるに頭を割られたミスターホワイトがテープで修正されていたり。

「画面に映るものはセットです」「これは舞台なんです」というメタ感があるのに、物語への集中力が途切れないのはこの作品の面白いところです。
むしろこれは舞台ということを明らかにすることで、それこそ本物の舞台のように演者とステージと観客があたかも同じ空間にいるよう演出されているのかもと思いました。

あとインパクトがあったのは大場VS純那ちゃんの舞台装置
「言葉が背中を押してくれる!」
と純那ちゃんが射った矢で巨大矢が起動、大場に射出されていきました。

それを大場は文字通り一刀両断
なんでしょう、大木をクレーン車でへし折ったような音を響かせて切り捨てました。
あれは舞台装置でもなんでもなく、大場が普通にパワーでねじ伏せたんですよね。わかります。

さぼ氏
さぼ氏

大場なら切れる(確信)

ロロロのパンプの発見

実は今回の劇場版のパンフレット、どこも完売済みで買えてないんですよ。
いまブシロードECで予約して待ちの状態です。(転売ヤーから買ってはいけない)

なので前作のロンド・ロンド・ロンドのパンフを引っ張り出して読み返してたんですが、ちょっとした発見がありました。

青空の向こう

「青空の向こうに!」
小学生の華恋が演じてた舞台。
華恋の履歴書の芸歴にしっかり書いてありました。細かい!

パンフの表紙

ロロロのパンフ

これ舞台が「7」になっているな〜とは思っていたのですが、階段部分が大場のドスになっていたんですね。しかも刃が全員に向いてる。
大場は一人で安全地帯にいるんじゃないよ。

大場の気持ちがわかります

2回3回と映画を見ると作品への理解が深まっていく反面、1回目に浴びた衝撃、フレッシュな感動を求めている自分がいることに気が付きます。

できることなら記憶を一時的に忘れて、まっさらな状態からもう一度見たいと思うほど。
再演を始めた大場ななの気持ちがよくわかります。

ここがまだ、わかりません

前回の記事では気がついていなかったのですが、ひかりはどうやってあのレヴューに参加していたのでしょうね。

冒頭のレヴューは「さようなら、愛城華恋」のセリフから、ひかりが退学する前(退学を決めたとき?)のレヴューだと想像されますが、このときはまだ聖翔にいますよね。

その後ロンドンに渡っていると思うのですが、ワイルドスクリーーーンバロックでは遠く離れた日本のレヴューにどうやって参加したのか。まひると華恋とどうレヴューしたのか。

「舞台ではどんな奇跡も起こる」的なセリフが合ったと思いますが、今はその言葉で補完しています。

喋りすぎない作品

スタァライトはなんでこんなにも魅力的なのか。
その理由の一つが「喋りすぎない」ことだなあと。

セリフで説明をしすぎないけど、代わりにキャラの仕草、演技、カメラアングルや演出で描写していて、そのバランスが好きです。
ナレーションやテロップ、それこそセリフで説明すれば簡単なところを、あえて映像ならではの表現で伝えてくるのが、本当に骨太でかっこいいと感じますね・・・!!

まとめ。わたしたちは

さぼ氏
さぼ氏

ばなナイス!!

↓劇場版の感想1回目はこちら!

↓劇中歌アルバムの感想はこちら!

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