幻の競技トライアスロン・社畜ディスタンスを完走した話

はからずもトライアスロン・社畜ディスタンスに挑戦することになり、

おし◯こを漏らしそうになりながらも、なんとか完走いたしました。

 

参加者は私一人です。

 

このような悲しい競技が二度と行われないことを願って書き記します。

以下、基本的にアホ記事なので注意です。

(記事中の写真はイメージです)

トライアスロン・社畜ディスタンスとは

様々な要因が重なって開催されたこのエクストリームスポーツ。

種目は「仕事」「ラン」「バイク」の三種類。

 

それぞれ以下のような時間と距離となっております。

  • 仕事:09:30〜終電まで
  • ラン︰10km
  • バイク:20km

 

そうです。

「刑務所」と揶揄されるほどブラックなプロジェクトにいた私が、

毎日終電まで働かされた挙げ句、電車が人身事故で止まり、

深夜にスーツのまま友人の家まで走り、

自転車を借りて命からがら帰宅した忌まわしき惨劇が社畜ディスタンスなのです。

 

社畜ディスタンスの全工程を散文にて

こんな競技はあってはならないのですが、闇を記録することも歴史には必要ですので書き留めます。

 

悪夢の序章 仕事・パート09:30〜終電まで

その月曜日も職場はいつものように和気あいあいとしていました。

 

「ドンキーコング」と親しまれているプロジェクトリーダーは机や壁をドコドコと叩き、

勇ましい姿を若輩者に見せつけます。

 

その腹心の部下はタメになる精神論を語って部下をいびり倒すのが趣味で、

その人格者っぷりたるや比類するものがありませんでした。

 

勤務時間は09:30~23:45であることが大半でした。

 

偉い人の言葉を借りれば「土日出勤がないのでホワイト企業」とのことで、私達の属していたIT企業、プロジェクトはクリーンな体質のもと運営されていたと言えます。

その証拠に定着率が素晴らしく、私達の班のリーダーは1ヶ月おきに変わり、

「私はたぶん3人目だと思うから」と綾波レイばりのサイクルで人員が補充されました。

 

私達はパイプ椅子と折りたたみテーブルに文字通りすし詰めです。

一つ空いた席はもともと同僚のものでしたが、

彼は業務中に突然ぶっ倒れ、ぐうぐうイビキをかいて寝てしまい救急搬送されたので、

いまや紙エビデンスが山積みになっています。(彼は無事に回復したとのことです)

 

私や先輩は必死に作業をこなしますが、

何千枚もある紙エビデンスに一枚一枚、手作業でチェックを入れるという、

非常にテクニカルで技術と経験を問われる最先端の作業だったため、

紙の山が半分も消化できないまま終電の時間を迎えてしまいました。

 

そしてその終電になんと人身事故が発生したのです。

 

これからが本当の地獄だ……

人身の起きた路線を避け、別路線で行けるところまで乗り継ぎましたが時間はすでに深夜一時。

ほとんどの鉄道会社は運行をやめる時間で、私の乗った電車も例外ではありませんでした。

最寄り駅までたどり着くことなく、私は改札外に放り出されます。

 

雪こそ降っていませんでしたが、深夜の1月は凍りつくような寒さでした。

 

さて、終電がなくなった場合家に帰る手段は限られます。

 

定石としてはタクシーを呼ぶというのが挙げられるでしょう。

また、安いホテルに泊まって翌朝着替えのために家へ戻ってから出勤する手もありました。

 

しかし私はそれらをせず、なんと「走って帰ろう」と妙なやる気を起こしました。

 

本当に疲れていて正常な判断ができなかったのでしょう。

そこから自宅まではゆうに30kmはありました。

 

今でこそ「ネカフェかカラオケに泊まって翌日の仕事はサボる」

という愉快なプランを思いつけますが、頭のてっぺんからつま先まで社畜として調教されていた私は、

「早く帰って明日の仕事に備えなければならない(大真面目)」

と思い込んでいました。

 

私はスマホを取り出し、

Twitterに「終電なくなったったwww走って帰るwww」とつぶやきました。

 

そして頭のイカれた可哀相な社畜は靴の紐を結び直し、補給食のおにぎりを買い込むと一人闇の中を駆け出しました!

 

早々に諦めムード ラン・パート(10km)

 

時期は1月。走るたび息が白くぷかぷかと浮かびます。

 

時間は深夜の一時。4時までに帰って寝ることができれば、少なくとも3時間は睡眠を取ることができそうでした。

 

自宅まではおよそ30km。

つまり10km/hペースで走りきればいいのです!

 

「なんだ、全然行けるぜ!」(慢心)

「30kmなんて近所近所」(自転車脳)

 

……これがどれほどの難易度なのか、すぐに身を持って体験しました。

 

走り始めて2kmほどで、私は情けないほどヘロヘロになっていました。

脚ががちがちになり、クロモリで出来ているのかと錯覚するほど革靴が重く感じます。

 

よく考えてみたら、ランニングなど数年したことがありませんでした。

のこり28km……。

絶望した頭の中に「青梅マラソン」の文字が浮かびます。

青梅マラソンはたしか30kmだったはずです。

それをなんの練習もなしにスーツで走りきろうとしていました。

あまりにも無謀で、あまりにも愚かな試みでした。

 

たった2kmしか走っていませんが、すでに結果は見えたようなものでした。

すでに走る気力がなく数分前に買った補給食のおにぎりを早速食べ、スマホを取り出しツイッターを開きます。

そこで一通の通知に気がついたのです。それは先程の「走って帰る」というツイートに対する返信でした。

 

友人「家まで来たら自転車貸すよ。それか泊まっていけば」

 

……これはまさしく神の助けでした。

私は「泊まるのは悪いから自転車だけ貸してほしい」と返信をしました。

 

友人の家までは8kmほどでした。そこまで走りきれば残りの距離は20km。

ランでの帰宅はもはや不可能でしたが、自転車でなら20km程度軽いものです。

気を取り直した私は再び走り始めました!

 

我慢との戦い バイク・パート(20km)

足全体がクロモリ化する前になんとか友人宅へたどり着きました。

「月曜日の深夜2時過ぎに訪問をする」という悪の所業にも友人は快く対応してくれ、私の愚かな挑戦をなかば馬鹿にしながら応援してくれました。

 

友人は何台か所有するロードの1台を私に差し出します。(片面フラペ)

そして「やっぱり泊まっていけば」と提案してくれましたが、

頭のおかしくなっていた私は、

「明日も仕事だから」とわけのわからない供述を……。

 

友人に「多大なるお礼」をする約束をし、家路を急ぎます。

妙にハンドルが遠いなと思ったら、友人のロードは私のサイズより一回り以上大きいものでした。

サドルもリーチも自分のロードより長く、特にペダルは下支点でつま先からギリギリです。

 

しかし自分のロードより確実に転がる感覚があり、なんだろうと見てみると、タイヤが「S-WORKS TURBO」でした。(ホイールはほぼ自分と同じグレード)

このタイヤの転がり抵抗の少ない感じは異常で、つるつるコロコロととにかく気持ちよく進みます。

総重量や手に持った感じでは私のロードのほうが明らかに軽いのですが、乗ると友人氏のロードの方が軽く感じられます。

走りの軽さというものを身をもって体験することが出来ました。

 

さて、自宅まで残り20km。「S-WORKS TURBO」の感触を楽しみながらでも、1時間もあれば余裕で帰れる距離です。

 

そうです。自転車を手に入れ、私は今度こそなんの問題もなく帰宅できるはずでした。

 

しかし、社畜ディスタンスは甘くありませんでした。

すぐに新しい問題が湧いて出たのです。

 

……その時の気温は0度は下回らないまでも、

ヒトケタ℃であることは確実でした。

 

ランニングで体が温まったとは言え、自転車に乗って風をうけると手足の先から体が冷え切ってしまいました。

その結果、思いもよらなかった化学反応が体内でおこったのです。

 

猛烈におし◯こがしたくなったのです。

 

そのチャージの速さは尋常ではありませんでした。

小学二年生の時の学校の帰り道が脳裏に浮かびます。あのときは恐ろしいことにブリーフの中で尊厳が失われ、足元には小さな多摩川が出来てしまったのです。

 

道路脇にはいくつものコンビニがありました。ただ、あいにく自転車の鍵を持っておらず、借り物のチャリを鍵無しで放置するのは怖かったため、私はトイレに行くことを諦めました。

 

しかし、猶予はあまり残されていないと感じました。

「その時」は一時間後なのか、30分後なのか、それとも……。

私はすぐさま重いギアにシフトアップしました。

そこからはフルアタック・全開走行です。

 

普段使わないような重ギアをとにかく踏み倒します!

これがレースなら良いのですが、

20代後半の社畜がお漏らししそうになりながら自宅のトイレを目指してガチ踏みしているだけなので完全に間抜けです。

 

しかし、私の走った道に「My Little River」が出来てしまうことは防がなくてはなりません。

また、借り物のロードをアンモニア・コーティングした日には、いくら寛容な友人氏でもフロアポンプで私を殴り◯すのをためらわないでしょう。

 

私は小学二年生のときの悪夢を振り払うように闇の中を疾走しました。

小さなアップダウンは、ヴィランガヒルのリッチー・ポートよろしくダンシングでガッシガシ越えます。

平坦や下りは世界王者サガンのイメージで猛然と駆け抜けました。

 

そしていよいよ見覚えのあるアパートが目に入ります!

 

平和と尊厳のゴール

当たり前ですが住宅街は静まり返っていました。

私はロードをバタバタとアパートに入れると、音速でトイレに飛び込みました。

そして一瞬の油断もなくベルトを取り外すことに成功し、開放のときがやってきました。

こうして紳士としての平和と尊厳は保たれたのです。

 

トイレから出るとすでに深夜の3時すぎ。

私は粛々とスーツを脱いで、すぐに布団にくるまりました。

社畜ディスタンスを完走したという喜びは全く生まれず、完全に冷めきった気持ちで「なぜ仕事をしているのだろう」と考えました。悲しみが眠りに変わるまで、これからのことを想像し、仕事を続けるべきなのか自問自答を繰り返しました。

 

翌朝、私は恐ろしいほどの無気力感に襲われ布団から出ることが叶いませんでした。

その日は会社を休みました。そして数日後、退職願を提出したのです。

 

まとめ

以上が社畜ディスタンスの全貌でした。

お気づきかもしれませんが実際に運動した距離は、ラン10kmとバイク20kmなので大したことはありません。

しかし、精神的苦痛が大きすぎるため正直もう二度と繰り返したくない競技でした。

 

私はその後転職をし、多少マシな環境になりましたので二度と社畜ディスタンスに参加することはない、と思いたいです。

もし同じような境遇になってしまった方は、電車が止まった時点で「ネカフェかカラオケに泊まって翌日の仕事はサボる」プランを強くおすすめします。

 

 

タイトルとURLをコピーしました